最終更新日 2026年10月21日
執筆者 代表取締役社長 五十嵐 康雄
その課題は、本当に「研修」で解決できるのか
「やる気がない」「主体性がない」という研修依頼の前に、研修担当者が確かめたいこと
この記事の要点
結論:研修の内容を決める前に、「なぜ期待する行動が起きていないのか」を見極めることが大切です。
知識や技能の不足には研修が役立ちます。
一方、役割の曖昧さ、時間・権限の不足、評価制度や職場環境に原因がある場合、研修だけでは十分ではありません。
この記事で分かること:
「やる気がない」「主体性がない」という課題の、よくある5つの背景
研修で解決できる課題と、組織で取り組むべき課題の見分け方(早見表とチェックリスト)
研修で学んだことが職場で続かない理由と、その対策
研修担当者が上司や経営層と調整するときの「組織の宿題」の渡し方
この記事の対象: 企業・自治体の人事・研修担当者、人材育成方針の策定に関わる方
「なぜ、この研修をやりたいと思われたんですか」
お客様とのヒアリングで、私は研修の中身を聞く前に、よくこの質問から入ります。
そして、よく返ってくる答えがあります。
「中堅になると、やる気がある人とない人が出てくるんです」
「若手に、もっと主体的に動いてほしくて」
そのたびに、少し立ち止まって考えます。研修に、少し多くのことを期待しすぎてはいないだろうか、と。
研修には、人が新しいことを知り、考え方を広げ、行動を変えるきっかけをつくる力があります。
ただ、組織で起きている問題のすべてを、研修で解決できるわけではありません。
大切なのは、研修の内容を考える前に、そもそも何が課題なのかを見極めることです。
人材開発の分野には、研修の実施を前提とせず、「成果や行動を妨げている要因は何か」から考えるパフォーマンス・コンサルティングというアプローチがあります。
「やる気がない」は原因ではなく、結果として見えている状態であることが多いものです。
一見、本人の意識や姿勢の問題に聞こえますが、もう一段深く聞くと、違う事情が見えてきます。
仕事の進め方が分からず、自信を持てない
自分に何を期待されているのか、分かっていない
評価制度が変わり、頑張っても以前のように評価されないと感じている
新しいことを試す時間や裁量がない
職場の人間関係から、提案や発言を控えている
同じ「やる気がない」という言葉でも、背景はそれぞれ違います。知識や技能の不足なら、研修が役立ちます。
役割や期待が曖昧なら、まず上司との対話が必要です。
評価制度や職場環境に原因があるなら、研修より先に組織として見直すべきことがあります。
つまり、「やる気を出してほしい」という依頼に、すぐモチベーション研修を提案することが正解とは限りません。
事例:「管理職になりたい人を増やしてほしい」という相談
管理職になりたい人を増やしたいという相談も、研修だけで解決できるとは限りません。まず、管理職になりたくない理由を確かめる必要があります。
以前、こんなご相談をいただきました。
「最近、管理職になりたくないという人が増えているんです。キャリア研修の中で、管理職になることの魅力を伝えてもらえませんか」
管理職のやりがいや、そこで得られる経験を伝えることはできます。
ただ、そのとき私は、まず「なぜ、なりたくないのか」を考えました。
理由が「忙しそうで大変だから」「責任が重い割に、報われていないように見える」であれば、研修で魅力を語っても、なかなか変わりません。
先に、組織として次のことを確かめる必要があります。
今の管理職は、どのような働き方をしているか
仕事に見合った評価や処遇を受けているか
周囲から見て「いつか、あんな仕事をしてみたい」と思える存在になっているか
また、管理職になることだけが、キャリアの正解ではありません。
一人ひとりが自分の強みや希望を踏まえ、どんなキャリアを歩みたいかを考えることも大切です。
組織として管理職の仕事や制度を見直し、その取組と連動させてキャリア研修を行うなら、研修は大きな意味を持ちます。
しかし、研修だけで「なりたくない人を、なりたい人に変える」のは難しい。そのようなお話を、お客様に率直にお伝えしました。
見極めの起点は「なぜ、期待する行動が起きていないのか」という問いです。
本人の知識・技能だけでなく、仕事を取り巻く環境や仕組みも確認します。
この考え方は、以下のパフォーマンス分析の枠組みとも共通しています。
ギルバートの行動エンジニアリングモデル(Gilbert, 1978『Human Competence』):成果に関わる要因を、環境側の「情報」「資源(道具・時間・設備など)」「インセンティブ」と、個人側の「知識・技能」「能力」「動機」に分けて捉えます。
研修は主に知識・技能に働きかける手段ですが、成果はこれら6要因の相互作用で決まるため、研修だけで解決するとは限りません。
マーガー&パイプのパフォーマンス分析(Mager & Pipe, 1970『Analyzing Performance Problems』):期待する行動を本人が実行できるかを確かめ、技能・知識の不足かどうかを見極めます。
技能があっても実行されない場合は、障害の有無、フィードバックの不足、望ましい行動や望ましくない行動に対する結果(報酬・罰)などを調べ、原因に応じて研修以外の対策も含めて選択する視点を示しています。
これらの枠組みを参考に、私は現場で使いやすいよう、次の5つの視点に整理しています。
これは既存モデルのそのままの転載ではなく、研修相談時の整理例です。
| 課題の背景 | 具体的なサイン | まず検討したいこと | 研修の位置づけ |
| 必要な知識や技能が不足している | やり方を聞かれる、ミスが多い | 研修やOJTによる学習 | 主役になる |
| 知識はあるが、実践する自信がない | 分かっているのに手が止まる | 練習、フィードバック、実践機会 | 演習型なら有効 |
| 期待される役割が分からない | 人によって動き方がばらばら | 上司との対話、役割の明確化 | 補助的 |
| 実践する時間や権限がない | 「やりたいが、できない」の声 | 業務の進め方や権限の見直し | 単独では効果が薄い |
| 評価や職場環境に問題がある | 頑張る人ほど疲れている | 人事制度やマネジメントの改善 | 制度見直しと連動させる |
実際の職場では、問題が一つだけとは限りません。知識不足と職場環境の問題が重なることもあり、研修と仕組みづくりを並行する方がよい場合もあります。
研修担当者の方が、企画書を書く前に確かめておきたい問いです。
☐ 研修後、誰が、どんな行動をとっていれば「成功」と言えるか、具体的に言えるか
☐ 期待する行動が起きない理由を、知識・技能の不足と、環境・仕組みの両面から確かめたか
☐ 対象者の上司は、期待する行動を本人に伝えているか
☐ 学んだことを試す時間・権限・機会が、職場にあるか
☐ その行動をとった人が、評価や周囲の反応で報われる仕組みがあるか
☐ 研修後、上司が関わる場(面談、振り返りなど)を設計しているか
「できない」のか「できるのに実行されない」のかは、一つの手がかりです。
ただし、どちらの場合も、本人の能力だけでなく、時間・権限・情報・支援体制などの条件を併せて確認する必要があります。
外部講師の言葉は行動を変えるきっかけになります。
しかし、行動が続くかどうかには、本人の特性だけでなく、研修設計や職場環境も関わります。研修で学んだことを職場で活かすことは「研修転移」と呼ばれます。
Baldwin & Ford(1988)は、研修転移を規定する要因を受講者特性・研修設計・職場環境の3領域から整理したBlume, Ford, Baldwin, & Huang(2010)のメタ分析でも、上司・同僚による支援を含む職場の支援が研修転移と正の関連を示すことが報告されています。
よくある相談に、こんなものがあります。
「もっと職場で連携を取るようにしてほしいんです。外から言われた方が、人は聞くので」
社内の人間が言うと角が立つことも、外部の人間が伝えると素直に受け止めてもらえる。これは、よく分かる話です。
ただ、外から刺激を受けて「ハッ」とする瞬間はあっても、職場に戻ると数日で元に戻ってしまう。そういう場面を、私は何度も見てきました。
理由は次のようなものです。
本人が変わろうとしても、周囲との関係が変わっていない
新しいことを試そうとしても、上司や同僚の理解が得られない
研修で学んだことを使う機会がない
私は、本当のやる気の種は、組織の中にあると考えています。自分の力が使われている。認めてもらえている。周りとの関係が悪くない。
学んだことを、すぐ試せる仕事がある。そうした環境が、人が主体的に動くことを支えています。
そのため私は、研修の設計段階で、受講者の上司に何をお願いするか(研修前の期待の伝達、研修後の振り返り面談など)も一緒にご提案することがあります。研修前後の具体的な設計については、関連コラム「AI時代の人材開発を再定義する 第6回」でも紹介しています。
関連:AI時代の人材開発を再定義する 第6回 (https://www.ill-career.co.jp/the_Age_of_AI_6)
研修で扱えることと、組織として取り組むべきことを分けて「組織の宿題」としてお渡しする。
それが、研修を依頼する側と実施する側の双方にとって誠実な進め方だと考えています。
研修を実施すると、受講者からさまざまな声が届きます。「このツールを使えるようにしてほしい」「事前の案内を、もっと早くしてほしい」。
こうした声は、受講者が何に困っているかを知る大切な手がかりです。
たとえば生成AIの研修で、「職場で使いたいが、利用ルールが整っていない」という声が出たとします。
研修では、生成AIの特徴や使い方、注意点を学べます。しかし、次のことは組織として決める必要があります。
どのツールを業務で使ってよいか
どの情報を入力してよいか
誰が利用を承認するか
研修の内容をどれほど充実させても、これらを研修だけで解決することはできません。
私は研修終了後、アンケートや受講者の声を「研修で対応すること」と「組織で検討いただきたいこと」に分けて、報告書でお渡ししています。
研修担当者の方にとっても、研修の目的と職場へのお願いが明確になると、上司や関係部署との調整がしやすくなります。
こうした研修前後の働きかけは、佐賀県や足利市の事例でもご紹介しています。
関連事例:佐賀県 https://www.ill-career.co.jp/Case_Study_01_Saga
足利市 https://www.ill-career.co.jp/Case_Study_02_Ashikaga_city
研修は目的ではなく、人が育ち、組織が良くなるための手段の一つです。
エンゲージメント、心理的安全性、生成AIなど、人材育成の世界では次々に新しいテーマが注目されます。
学ぶ意味はありますが、注目されているという理由だけで研修を増やしても、組織の課題が解決するとは限りません。
大切なのは、流行や研修メニューを探す前に、自分たちの組織で何が起きているかを見つめることです。
研修が必要なら、研修を行う
研修以外の方法が適しているなら、そちらを考える
研修と職場の仕組みを組み合わせて成果が出るなら、両方を設計する
研修を仕事にしている私が言うのも変かもしれませんが、時には「研修をしない」という判断も、人材開発の大切な設計の一つだと思っています。
Q. モチベーション研修で、社員や職員のやる気は上がりますか?
A. 一時的に意欲が高まることはありますが、それだけで行動が続くとは限りません。
やる気が下がっている原因が、役割の曖昧さや評価制度、業務量にある場合は、その原因への対応が先です。
研修は、原因を見極めたうえで組み合わせると効果を発揮します。
Q. 研修が必要かどうかは、どう判断すればよいですか?
A. まず「誰に、どんな行動を期待しているのか」を明確にし、行動を妨げている理由を確認します。
知識や技能の不足には研修・OJTが役立ちますが、時間・権限・情報・評価・職場の関係などが障害なら、組織側の対応も必要です。
複数の原因が重なることもあります。
Q. 自治体の職員研修でも、同じ考え方は当てはまりますか?
A. 基本的な考え方は共通です。
自治体でも、人材育成基本方針、人事評価、職務分担や職場のマネジメントと研修を切り離さずに考えることが重要です。
制度や運用は団体によって異なるため、現状の確認から始めます。
「やる気がない」「主体性がない」は、原因ではなく結果として見えている状態であることが多い
研修が有効なのは、知識・技能の不足など、学習によって改善できる要因があるとき
役割・時間・権限・評価・職場環境が障害なら、組織の見直しや研修との組み合わせを検討する
研修の効果を職場で続けるには、上司の関わりと実践の機会が欠かせない
「研修をしない」という判断も、人材開発の設計の一つ
皆さんの組織で今検討している研修は、何を変えるための研修でしょうか。
その課題は、研修で解決できることでしょうか。それとも、研修と一緒に、組織の中で見直すべきことがあるのでしょうか。
研修の内容を考える前に、一度、そんな問いから始めてみてはいかがでしょうか。
株式会社アイル・キャリアでは、企業・自治体の研修担当者の方と、研修の企画前の段階から課題を整理するところをご一緒しています。
研修の実施を前提とせず、課題の背景を伺ったうえで、研修で扱うことと、職場・組織で取り組むことを一緒に考えます。
関連記事
■研修前後の設計と職場実践 (https://www.ill-career.co.jp/the_Age_of_AI_6 )
■ 佐賀県の事例 (https://www.ill-career.co.jp/Case_Study_01_Saga )
■ 足利市の事例(https://www.ill-career.co.jp/Case_Study_02_Ashikaga_city )
参考文献
Gilbert, T. F. (1978). Human Competence: Engineering Worthy Performance. McGraw-Hill.(原典書誌は添付原稿に基づく)
Mager, R. F., & Pipe, P. (1970). Analyzing Performance Problems, or You Really Oughta Wanna. Fearon Pitman.(原典書誌は添付原稿に基づく)
Baldwin, T. T., & Ford, J. K. (1988). Transfer of training: A review and directions for future research. Personnel Psychology, 41(1), 63–105. https://doi.org/10.1111/j.1744-6570.1988.tb00632.x
Blume, B. D., Ford, J. K., Baldwin, T. T., & Huang, J. L. (2010). Transfer of training: A meta-analytic review. Journal of Management, 36(4), 1065–1105. https://doi.org/10.1177/0149206309352880
株式会社アイル・キャリア代表取締役。
2006年の創業以来、企業・自治体の人材育成に携わり、研修・人材開発の現場に立ち続けています。
自身も一つの研修との出会いによって人生が大きく変わった経験から、
「人には可能性がある」ことを人材育成の原点としてきました。
20年間の実践を通じてたどり着いたのは、学びを一過性のものにせず、
人と組織が変わり続けるためには、意志や熱意だけではなく「仕組み」が必要であるという考えです。
現在は、AI時代だからこそ大切にしたい人間らしさと、
一人ひとりの持ち味や可能性を活かす人材開発を追究しています。