最終更新日 2026年8月19日
AI時代の人材開発を再定義するシリーズ
第8回:AIが答えを出す時代に、「答えを急がない学び」をどう設計するか
~効率化の先にあるLearning Journeyと、「新たな可能性に出会う」学び~
2026年8月12日、私たち株式会社アイル・キャリアは、
創立・創業20周年記念オンラインイベント「AI時代の人材開発を再定義する」を開催いたしました。
そこでお伝えしたことの一つが、研修を一日限りの「点」で終わらせず、
事前・研修・現場実践・フォローアップまでを、一つのLearning Journeyとして捉えるという考え方です。
イベントを終えた今、私の中には一つの問いが残っています。
AIがすぐに答えを出してくれる時代に、私たちは「答えが出ない時間」を持てるのだろうか。
人材育成に携わる皆さまも、似た感覚をお持ちではないでしょうか。
「早く成果を示したい」
「次の予算会議までに結論を出したい」
「研修後、できるだけ早く効果を確認したい」
効率が求められるほど、悩んでいる時間、立ち止まっている時間には、どこか後ろめたさが生まれます。
そういう私自身、20周年イベントの企画を前に、まさに同じ葛藤を経験しました。
AIという「相棒」が、答えを急がせることもある
私はAIを脅威だとは思っていません。
むしろ、頼れる「相棒」だと思っています。
特に、音声入力を使うようになってから、思いついた瞬間にAIへ話しかけることが増えました。
「あとで考えよう」と思っているうちに消えてしまう着想を、その場で言葉にし、整理し、問い返してもらえる。
これは、とても大きな価値です。
一方で、便利であるほど気をつけなければならないこともあります。
本来なら、もう少し悩んだ方がよい問いまで、あまりに早く「答え」に変えてしまうことです。
生成AIを使う知識労働者を対象にした研究でも、AIへの信頼度が高い人ほど、批判的に考える行動が少なくなる傾向が報告されています。
もちろん、これだけで因果関係を断定することはできません。
それでも、私たちに突きつけられている問いはあると思います。
「AIを使うか、使わないか」ではない。
何をAIに任せ、どこから自分で考えるのか。
AI時代に必要なのは、AIから距離を置くことではなく、AIとの適切な距離を自分で選べることなのかもしれません。
「寝かせる」と、経験が意味に変わる
私は仕事でもプライベートでも、重要な決断ほど、状況が許す限りすぐに結論を出さないようにしています。
一度考えたら、寝かせる。
座禅をする。散歩をする。運動する。誰かと雑談する。
すると、不思議なことに、その問題を直接考えていないときに、ふと点と点がつながることがあります。
心理学には、問題からいったん離れた後の思考を扱う「インキュベーション」という研究領域があります。
もちろん、休めば必ず良いアイデアが浮かぶという単純な話ではありません。
ただ、ここには人材開発を考えるうえで重要な示唆があります。
学びには、情報を受け取る時間だけでなく、経験を意味に変える時間が必要なのではないか。
研修で新しい知識を得た瞬間には、まだ分からなかったこと。
職場へ戻り、実際にやってみたからこそ分かること。
誰かとの対話を経て、初めて言葉になること。
時間が経ってから、「あの話は、こういうことだったのか」と腑に落ちること。
学びとは、情報を受け取った瞬間に完成するものではありません。
だからこそ私は、Learning Journeyには「学ぶ時間」だけでなく、「熟成する時間」も必要なのではないかと考えています。
Learning Journeyに「余白」を設計する
例えば、三つの方法があります。
一つ目は、事前課題を「問い」として渡すことです。
正解を提出してもらうのではなく、研修当日までの数日間、頭の片隅に置いておける問いを渡す。
「あなたの職場で、いま本当に変えたいことは何ですか」
そんな問いを持って日常を過ごすだけでも、研修当日の見え方は変わります。
二つ目は、研修後、すぐに答えを回収しないことです。
「何を実践しましたか」「どんな成果が出ましたか」と、すぐに結果を求めるのではなく、
現場で試し、失敗し、違和感を持ち、考える時間を残す。
これは「何もしない期間」ではありません。
むしろ、研修で得た知識と、現場で起きる現実が出会う時間です。
三つ目は、フォローアップを「答え合わせ」の場にしないことです。
できたか、できなかったかだけを確認するのではなく、
「あのとき言葉にならなかったことが、今はどう見えていますか」
「実際にやってみて、何が想定と違いましたか」
「次に試すなら、何を変えますか」
と問い直す。
そこから、次の実践が始まります。
つまりLearning Journeyとは、
学ぶ → 実践する → 立ち止まる → 振り返る → 意味づける → また試す
という循環なのだと思います。
研修転移に関する研究でも、学びが職場で活かされ続けるかどうかは、本人の意欲や能力だけではなく、
研修設計や職場環境にも左右されることが指摘されてきました。
だからこそ、余白は「研修の外側」にある無駄な時間ではありません。
余白まで含めて、学習設計なのです。
「20周年に何をするのか」。
すぐには決めませんでした。
一度考える。寝かせる。
AIと壁打ちしてアイデアを広げる。
仕事を離れ、別の経験をする。
また考える。
そして最後は、
「自分たちは、これから何をしたいのか」
「お客様にとって、本当に価値のあることは何なのか」
に戻って決めました。
考える。寝かせる。経験する。感じる。気づく。AIという相棒にぶつける。また考える。そして、自分で決める。
振り返ってみると、このプロセスそのものが、一つのLearning Journeyだったように思います。
「人は強くない。だから仕組みがいる。」
人は、いつでも合理的に考えられるわけではありません。
学んだことを、すぐ実践できるわけでもありません。
一度決めたことを、ずっと続けられるわけでもありません。
だからこそ、人材育成には「もっと頑張ろう」と励ますことだけではなく、
人が学び、試し、振り返り、また動き出せる仕組みが必要なのだと思います。
AIによって、私たちはこれまでより速く情報を得て、整理し、答えの候補を手にできるようになりました。
だからこそ、これから問われるのは、その速さによって生まれた時間を何に使うかです。
さらに多くの仕事で埋めるのか。
それとも、感じる。悩む。人と話す。実際に経験する。立ち止まる。
そして、自分の中にまだ言葉になっていないものを見つける時間に使うのか。
私は、学びとは「新たな可能性に出会う旅」なのではないかと考えています。
AI時代の人材開発が目指すものも、答えをより速く届けることだけではありません。
人が問いを持ち、ときには答えを急がず、経験し、振り返り、誰かと対話し、
AIという相棒とも考えながら、これまで自分でも気づかなかった可能性に出会っていく。
そんなLearning Journeyを設計すること。
それが、これから私たちが取り組んでいきたい人材開発です。
最後に、一つだけ問いを置いて、このコラムを終えたいと思います。
AIによって生まれた時間を、私たちは何に使うのだろう。
より多くの仕事をこなすためだろうか。
それとも、
立ち止まり、感じ、考え、人と対話し、まだ見えていない可能性に出会うためだろうか。
株式会社アイル・キャリア代表取締役。
2006年の創業以来、企業・自治体の人材育成に携わり、研修・人材開発の現場に立ち続けています。
自身も一つの研修との出会いによって人生が大きく変わった経験から、
「人には可能性がある」ことを人材育成の原点としてきました。
20年間の実践を通じてたどり着いたのは、学びを一過性のものにせず、
人と組織が変わり続けるためには、意志や熱意だけではなく「仕組み」が必要であるという考えです。
現在は、AI時代だからこそ大切にしたい人間らしさと、
一人ひとりの持ち味や可能性を活かす人材開発を追究しています。