最終更新日 2026年6月26日

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【設計の思想シリーズ】

第3回:成果と幸福は両立できるのか

~ 強さに頼らない「仕組み」がひらく組織開発の未来 ~

1. 成果を出しても満たされない現代のリーダーたち

現代の企業や自治体の第一線で、責任感を持って真摯に業務に励んでいるリーダーや管理職、実務担当者の中に、人知れぬ虚無感や疲弊を抱えている人は少なくありません1。期待される目標を達成し、周囲からも信頼され、組織における確かな「成果」を残しているにもかかわらず、その心の内側には「どこか満たされない」という感覚や、すり減っていくような疲労感が澱のように積み重なっている現実があります2

このような「頑張る人ほど苦しくなる」という歪みは、個人の能力不足や精神力の弱さによるものではありません3。その本質は、人間の限界を無視して個人の努力や意志の力に依存しすぎる組織全体の設計不全にあります3

日本の企業や自治体向けに、自律型人材育成や組織開発、各種研修事業を展開する株式会社アイル・キャリアは、設立以来一貫して「人は強くない。だから仕組みがいる。」というブランド思想を軸に据えてきました1。人間は、本来強く完璧な存在ではなく、誰もが疲れる時期があり、迷い、傷つき、時には孤独に陥る脆さを持っています2。その弱さを否定するのではなく、あるがままに受け入れ、誰もが安心して働き、成長し、貢献できる環境を整えることこそが、人材育成における最重要のテーマです3

本稿では、企業の管理職や自治体の人事・研修担当者、そして「成果を求めながらも、どこかで生きづらさを感じている」すべての人々に向けて、仕事の成功と人生の充実が本来どのようにして両立し得るのか、その具体的な組織デザインのあり方を探究します1

2. なぜ成果と幸福は対立すると考えられてきたのか

これまでの日本の組織において、「成果を出すこと」と「幸せに働くこと」は、あたかも天秤の左右に置かれた相反する概念であるかのように語られてきました。成果を最大化するためには、プライベートの時間や個人の幸福を犠牲にすることが美徳とされ、プレッシャーに耐えて働き続ける「強い個人」であることが暗黙のうちに求められてきたのです3

しかし、このような「精神力依存型」の組織運営は、構造的な破綻を内包しています3。組織内で責任感があり、仕事の「段取り」や「コミュニケーション」に優れた優秀な人材ほど、周囲のフォローや負荷を一身に引き受けてしまいがちです1。その結果、特定のスタープレイヤーに負荷が集中する「いい人が損をする構造」が生まれ、最終的にはその優秀な人材が燃え尽き(バーンアウト)に追い込まれてしまいます3。一人の「強い個人」に過度に依存する体制は、短期的には成果をもたらすように見えても、組織全体の学習能力や発展性を奪う結果にしかなりません3

特に、自治体職員や企業の管理職層における孤独感の深刻さは顕著です2。地域住民の生活に深く関わる生活困窮、多重債務、DV、児童虐待、ひきこもりといった極めて複雑かつ感情労働の負荷が高い案件を扱う自治体の現場では、担当職員やその管理職が問題を一人で抱え込み、孤立感を深めやすくなります8。感情が平坦化する感情喪失や周囲への注意減弱といった燃え尽きの初期シグナルを感知できないまま、精神的な限界を迎えてしまうケースも少なくありません2

日本が世界第4位のGDPを誇る経済大国でありながら、国連の「世界幸福度報告(2024年)」において143カ国中51位(G7中最下位)に甘んじているという事実は、成果の追求が個人の幸福に必ずしも結びついていない現代日本の構造的な不調和を象徴しています9。従来の精神論や外発的な動機づけに基づく手法が、限界に達していることは明らかです4

以下に示す比較は、個人の意志の力のみに頼る従来の精神論モデルと、持続可能なシステムとして環境を設計するアプローチの構造的な差異を整理したものです。

評価軸

意志力依存型(従来の精神論モデル)

環境設計型(持続可能な仕組みモデル)

依拠するリソース

個人の責任感、自己犠牲、スタープレイヤーの孤軍奮闘3

心理的安全性、エラーを補完する組織設計、自律を促す環境4

不調・エラー発生時の対応

「本人の注意不足」「マインドセットの弛み」として精神論で片付ける3

「設計不全のシグナル」と捉え、再発を防ぐ情報共有を歓迎する4

情報の流れと業務の抱え込み

優秀な「いい人」に仕事が集中し、属人化とブラックボックス化が進行する3

負荷を分散させ、誰もが標準的に能力を発揮できるプロセスを標準化する3

持続可能性

燃え尽き症候群や離職、組織全体の学習停止を招きやすい3

相互信頼の中で自立的な人材が育ち、長期的・再現性のある成果を出す6

3. AI時代に働く意味はどう変わるのか

急速に普及する生成AIをはじめとしたデジタルテクノロジーは、労働の定義そのものをアップデートさせています13。これまでは、ルーティンワークを正確に、かつ大量に処理できる人材が「生産性の高い優秀な人材」と評価されてきましたが、こうした役割はテクノロジーによって容易に代替される時代になりました15

アイル・キャリアが注視してきた2025年ATDジャパンサミットの知見「テクノロジーと人間力を融合した学びの未来」が示すように、これからの学びと働き方において重要なのは、テクノロジーの処理能力と「人間ならではの価値」をどのように調和させるかという点にあります6。AIがどれほど優れた判断処理能力を示したとしても、最終的な結果に対して「自ら責任を引き受けること」や、生身の人間として他者を「観察し、現実の空間の空気感を察知すること」は人間にしかできません15

AI時代において人間が発揮すべき真の価値は、単に与えられたタスクを処理することではなく、以下の3つの領域に集約されていきます。

  1. 問いを立てる力(クリティカルシンキング・システム思考):既存の前提を疑い、「なぜこの業務を行うのか」「本当に解決すべき課題は何か」を自律的に思索する力13

  2. 感情と信頼を軸とした関係性の構築:他者の痛みに共感し、深いレベルで信頼を交わし、チームとしての心理的安全性を醸成する力11

  3. 内発的動機に基づく意味づけ:自分自身のキャリアや日々の業務に「社会貢献」や「自己実現」としての個人的な意味を見出し、主体的に取り組む力10

AIという強力なパートナーと協働する時代だからこそ、働くことの意味や生きることの意味が、かつてないほど個人の内側から厳しく問い直されています13。自己決定理論(Self-Determination Theory)が提唱するように、他者から強制された外発的な義務感だけでは、複雑な課題に対峙するエネルギーは湧き出てきません10。働く人間が「自ら選択している(自律性)」と感じ、その過程で「確かな手応え(有能感)」を覚え、「他者と温かく繋がっている(関係性)」という感覚を得られる組織開発の設計が、今まさに求められているのです7

4. 本当に目指すべき組織とは何か

これからの時代において組織が真に目指すべきなのは、仕事の厳しさから逃げるような甘えの構造を許容することではなく、人が人らしく、健やかに能力を発揮しながら高い成果を生み出し続ける「フェイルセーフ」な組織開発です4

学術的な研究においても、従業員のウェルビーイング(心身および社会的に満たされた幸福な状態)の向上は、仕事の量や質、創造性の発揮に直接的なプラスの影響を与えることが実証されています9。強いストレスや孤立状態にある個人は、視野が狭まり、判断ミスの増加や重大なトラブルを引き起こしやすくなるのに対し、心理的なゆとりと幸福感を持っている個人は、視野が広がり、他者との有機的なコラボレーションを生み出す余裕が生まれます19

「成果のために幸せを犠牲にするのではなく、幸せだから成果が生まれる組織を目指したい。」

この象徴的なフレーズこそが、次世代の人的資本経営や組織開発の要諦を指し示しています。ウェルビーイングや働きがいは、成果を上げた後にのみ与えられる一時的なご褒美や余興ではなく、持続的に価値を創出し続けるための極めて合理的な「土台(インフラ)」なのです9

このような持続可能な成果を生み出すために不可欠なのが、「心理的安全性」と「信頼関係」を担保する具体的な仕組みです4。失敗や弱みを隠さずに共有できる環境がなければ、個人は失敗を恐れて新しい試みを放棄し、組織としての学習プロセスは停止してしまいます3

たとえば、些細なヒヤリハットや「部品を落としてしまった」といった小さなエラーを、叱責を恐れることなく直ちに報告し、周囲が「報告してくれてありがとう、一緒に解決しよう」と冷静に対処できる関係性があれば、事故を未然に防ぐ健全な組織文化が構築されます12。このような小さな成功体験の積み重ねが、深い相互信頼を育み、最終的には高いパフォーマンスや不測の事態へのレジリエンスとして現れるのです11

真の誠実さを備えた組織とは、メンバーにただ「もっと頑張れ」と精神的な鼓舞を繰り返す組織ではありません3。個々のメンバーが過剰に頑張らなくても、誰もが当たり前に質の高い成果を出し、かつ心身ともに健やかに働き続けられる「環境を精緻にデザインする組織」を指します3

5. まとめ:成果と幸福の調和に向けた思想と設計

人は、強くありません。時に疲れ、迷い、過酷な状況の中で容易に傷つき、孤独を感じる生き物です2。その弱さをありのままに認め、補完し合うための仕組みを設計したとき、組織は初めて個人を超えた「本物の強さ」を獲得します4

成果を出すことと、幸せに働くことは、決して相反するものではありません。むしろ、持続可能な成果を生み出す優れた組織ほど、人がお互いを信頼し、安心して弱みを開示し、共に学び成長できる豊かな環境を整備しています4

これからの組織に本当に求められているのは、数値目標としての成果だけを近視眼的に追い求めることではなく、人がその人らしさを保ちながら自律的に機能し、おのずと成果が流れ出るような統合的な組織設計であるといえるでしょう3

多忙な日々の業務の中で、ひたすら成果を追い求め、タスクの山と格闘していると、何のためにそれをしているのか見失いそうになる瞬間があるはずです。そんな時、静かに深呼吸をして、次の問いに立ち返ってみてはいかがでしょうか。

「私は何のために成果を追い求めているのだろうか」

この内省が、あなた自身と、あなたの率いる組織が「人間らしい成果」へと向かうための、大切な一歩を照らし出す光となります。

引用文献

  1. 株式会社アイル・キャリアの会社情報 - Wantedly, https://www.wantedly.com/companies/ill-career
  2. 研究所第 13 回フォーラム 「被災した自治体職員のストレス」, https://imsar.jp/pdf/imsar09/imsar_09_07.pdf
  3. 「頑張る組織」が崩壊するのはなぜ? - 株式会社アイル・キャリア, https://www.ill-career.co.jp/hard_work_collapse
  4. なぜ「エース」から壊れるのか? - 株式会社アイル・キャリア, https://www.ill-career.co.jp/organizational_design_error
  5. 株式会社アイル・キャリア - 「テレワーク東京ルール」実践企業宣言, https://www.telework-rule.metro.tokyo.lg.jp/search/details.php?app_form_id=210223
  6. 株式会社アイル・キャリア, https://www.ill-career.co.jp/
  7. 【失敗の構造シリーズ】 第4回:早期離職を未然に防ぐ, https://www.ill-career.co.jp/the_structure_of_failure_4
  8. 自治体の社会福祉行政職員の業務や役割及び組織体制等 の実態に関する調査研究事業 報告書, https://www.jri.or.jp/wp/wp-content/uploads/2018/04/h29_suishin_houkoku.pdf
  9. ウェルビーイングがもたらす生産性向上 - 明治安田総合研究所, https://www.myri.co.jp/viewpdf.php?id=aefd2fa5cf037cc3a59cbadd7d2ec5f21385328dfc7170e6b72fc62fc69ef510f6a629f981537fc5ac8ab4d3752183eb4a9327c3bc3235a8eb7087769691e84ae4ea34a097496a91f498b986762ac5f71bd66f8da92373bfe42bcd7a9198f34ca4fe2fa2c35f72dbe79de8c77e729bf510906dd5f87f6064058f1db1481b5892741fb72079a7a6762b1a0d6da69b30f61fd361b328c7e46407b816985c1e44ba741fa720789ea676241a0c55a08b30209369b46d47a6c005669e6af8757424a80e7b8f5c1daee613175e6b75d4ff194e0593338ae97e3f&tmp=1718801953
  10. 【失敗の構造シリーズ】 第7回:なぜモチベーションは続かないのか? - 株式会社アイル・キャリア, https://www.ill-career.co.jp/the_structure_of_failure_7
  11. コーチング心理学を活かした離職者を防ぐ方法。オンボーディング 〜新入社員が「自分らしく」成長できる組織づくりの新常識, https://www.coaching-psych.com/skills/onboarding/
  12. 「声を上げやすい職場」こそが最大の安全対策~心理的安全性とホウ・レン・ソウで重大事故の芽を摘む - インソース, https://www.insource.co.jp/ihl/251120_openness_culture.html
  13. AI時代、人々の働く意味や役割、幸福感はどう変わっていくのか|機関誌Works 特集, https://www.works-i.com/works/special/no192/future-05.html
  14. 企業とキャリアの再設計 | 富士通 - Fujitsu, https://global.fujitsu/ja-jp/technology/key-technologies/news/ta-ai-redesigning-firms-careers-20260323
  15. 生成AI時代、“人間らしさ”の再定義(組織行動科学®) - PR TIMES, https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000132.000068315.html
  16. 報告2「AI新時代のビジネス、組織、働き方」 - 独立行政法人 労働政策研究・研修機構(JILPT), https://www.jil.go.jp/event/ro_forum/20260120/houkoku/03-report-ishihara.html
  17. AI時代に必要とされる人材とは 変化に取り残されない組織づくりのカギ - 株式会社ジェック, https://www.jecc-net.co.jp/blog/235
  18. 【POLiCY】株式会社アイル・キャリアの社是・経営理念・企業理念, https://globalpolicynetwork.org/detail/5011001048568
  19. Well-beingの現在と未来 | 一般財団法人 日本経済研究所, https://www.jeri.or.jp/survey/well-being%E3%81%AE%E7%8F%BE%E5%9C%A8%E3%81%A8%E6%9C%AA%E6%9D%A5/
  20. 【“健康”は組織の未来をつくる】第4回:「ウェルビーイング経営」が組織の成果を変える | 生産性navi, https://jpc.jpc-net.jp/productivitynavi/wellbeing4/

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代表取締役社長

五十嵐 康雄

株式会社アイルキャリアはお客様ごとに抱える課題や目標に合わせたオーダーメイド研修で”学び”を提供する研修会社です。

官公庁・自治体から上場企業、医療法人や学校法人まで業界業種・官民問わず様々なお客様に対して、ご要望と時流をふまえた上で、必要な”学び”を新人から管理職まで幅広く人材育成を支援しております。

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