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【設計の思想シリーズ】
第1回:強い人に依存する組織の危険性
~ 普通の人が力を発揮できる「仕組み」の組織開発 ~

① 導入:エースの有能さに隠された組織の脆弱性

多くの企業や自治体において、卓越した成果を上げ続ける「優秀な人材」は組織の推進力として高く評価される1。彼らは高い責任感を持ち、困難な課題を自ら解決し、組織の業績や行政サービスの質を担保する存在である1。しかし、その輝かしいパフォーマンスの影で、組織の持続可能性を揺るがす深刻な問いが投げかけられている。

「その優秀な人が限界まで頑張り続けなければ成果が出ない組織は、本当に健全なのだろうか1

「優秀な人に仕事が集中している」「後継者育成が一向に進まない」「特定のキーパーソンが辞めたら業務が回らなくなる」という課題は、多くの人事担当者や管理職、経営層が共通して抱える痛切な悩みである1。一見すると、強いエースがチームを牽引しているように見える組織であっても、実態は「個人の超人的な努力」という極めて不安定な土台の上に成り立っているケースが少なくない1

本稿では、人材育成や組織開発の事業を展開する株式会社アイル・キャリアが培ってきた設計思想に基づき、特定の強い人に依存する組織がはらむリスクを解き明かす。そして、優秀な人材の努力や成果を一切否定することなく、組織が真に目指すべき「持続可能なシステム」への変革プロセスを提示する1

② なぜそう考えるのか:属人化を引き起こす構造的エラー

多くの組織において「属人化」が解消されないのは、個人のスキル不足や怠慢が原因ではない1。真の原因は、優秀な人ほど負荷が集中し、かつその負荷がブラックボックス化しやすいという組織の「構造的エラー」にある1

この現象は、組織心理学において「パフォーマンス・パニッシュメント(有能さへの処罰)」と呼ばれる1。成果を出し、高い信頼を獲得した個人に対し、その有能さに比例して業務量や難易度の高い課題が雪だるま式に集中し、結果として「仕事ができる人ほど、不均衡なまでの負荷を背負わされて損をする」という逆転構造を指す1

このストレスとバーンアウト(燃え尽き)の力学は、仕事のストレスとワークエンゲージメントを説明する「仕事の要求度と資源(JD-R)モデル」によって詳細に分析できる1

 

優秀な人材に発生する「JD-Rモデル」の不均衡構造

要素

構成内容

優秀な人材に起こる「設計の不備」

仕事の要求度 (JD)

業務量、時間的プレッシャー、心理的負担、高度な判断の必要性1

「彼ならできる」という周囲の期待から、難度の高いタスクや突発的な重要業務が集中的にアサインされ、要求度が極大化する1

仕事の資源 (JR)

裁量権、適切なフィードバック、上司・同僚の支援、十分な時間、学習機会1

「自己完結できるはずだ」という過信から、具体的な支援やフォローアップといった組織的資源が意図的に削減され、実質的に孤立する1

帰結

燃え尽き(バーンアウト)またはエンゲージメントの向上1

資源を大幅に上回る要求が恒常化することで、システムとしての安全率を割り込み、突然の離職やメンタル不調に至る1

皮肉なことに、組織がエースの能力を信頼すればするほど、彼らに対する具体的な支援やマネジメントの優先順位は下がり、放置(孤立)されやすくなる1。これは最も価値を生み出すリソースに対して、最もメンテナンスを怠るという致命的な設計ミスにほかならない1

さらに、優秀な人が持つ「知識や判断基準」が言語化されず、個人の頭の中に閉じたまま(暗黙知)になっていることも、属人化を強固にする原因である5。暗黙知を形式知として組織内で共有するプロセスが評価制度や組織文化として定義されていない場合、個人は自身の市場価値や存在意義を守るために、意図せず知識をブラックボックス化させてしまう動機さえ生じてしまう4

 
③ 強い人に依存する組織で起きること:自治体と企業における「現場のリアル」

「あの人がいないと回らない組織」が放置された結果、どのような事態が引き起こされるのか。これは民間企業のみならず、公共サービスを担う地方自治体においても全く同じリスクとして表出している2

 

バス係数「1」という組織の脆弱性

組織の継続性リスクを定量化する指標として「バス係数(Bus Factor)」がある1。「チームのうち、何人が突然いなくなったら(バスに轢かれたら)プロジェクトや業務が完全に停止するか」を示す最低人数である1

多くの組織におけるバス係数は、驚くべきことに「1」である1。特定のキーパーソンが休む、あるいは退職するだけで、重要な商談の進行、住民からの複雑な問い合わせ対応、システム変更の承認などが完全に麻痺してしまう2。この状態は、エース自身に対しても「自分が絶対に倒れられない」という過度な心理的プレッシャー(牢獄のような責任感)を強いることになり、結果として組織全体の安全網を破綻させる1

 

自治体における人事異動と「引き継ぎの壁」

公平性の確保や癒着防止を目的に、数年単位で定期的な人事異動が行われる自治体では、属人化が起きにくいと考えられがちである2。しかし実際には、異動のたびに深刻な「引き継ぎの壁」が発生している2

 

新任職員が異動後に直面する業務上の課題

課題項目

発生割合

組織に与える影響

引き継ぎ資料やマニュアルが不足している

39.4%

前任者のノウハウや経験則(暗黙知)が継承されず、新任者が手探りで業務を行うため効率が激減する5

業務の属人化が進んでいる

35.8%

特定のベテラン職員しか手順を知らない業務が点在し、ミスや手戻りが発生しやすい4

業務フローが整理されていない

26.6%

自部署の仕事がどこから来てどこへ流れるのか不明瞭になり、全体の認知負荷が高まる8

 

マニュアルや業務フローが整備されないまま、前任者の高い個人技のみで回っていた業務は、異動が発生した瞬間にナレッジロス(知識の断絶)を引き起こす2。結果として住民サービスの質が低下するだけでなく、現場の負担増による離職という悪循環を招くのである2

 

AI時代がもたらす新たな属人化リスク

デジタル技術、特に生成AIの普及は業務の平準化を促すと思われているが、適切な組織開発を伴わなければ、むしろ「新たな属人化」を加速させる11。 AIを実務に活用するためには、人間の頭の中にある判断基準や文脈を、AIが処理しやすい「プロンプト」や「指示データ」という形で言語化・形式知化しなければならない6。しかし、業務がブラックボックス化した組織では、AIの活用手順や指示の出し方自体が特定メンバーの勘やスキルに依存してしまう6

  • 「あの人が作成したプロンプトでなければ、AIの出力クオリティが担保できない」11
  • 「担当者によってAIの活用レベルに天と地ほどの格差が生じている」11
  • 「AIツールは導入したものの、結局一部のITリテラシーの高い職員の負担が増えただけである」11

このように、知識や経験を個人に閉じ込める組織は、最新テクノロジーの恩恵を組織全体で享受できず、むしろ個人の能力差による「AI格差」と新たな業務集中に苦しむことになる11

④ アイル・キャリアが目指す組織像:「人は強くない」から始まる安全思想

この属人化の罠から脱却するために、株式会社アイル・キャリアが提唱しているのが、「人は強くない。だから仕組みがいる。」という設計思想である1。

人は本質的に、以下のような弱さを持つ存在である1。

  • 連日の業務や精神的負荷によって疲れる1

  • 膨大な情報や手順を時間が経てば忘れる1

  • 複雑な状況や前例のないトラブルに直面すれば迷う1

  • その日の体調や周囲の人間関係、感情に左右される1

  • 目標に向かって努力し続けるための意志力は有限である1

 

人材育成や組織開発とは、こうした弱さを持つ生身の人間に対して「もっと強くあれ」「意識を高く持て」と強いることではない1。また、ほんの一握りの「スーパーマン」を育てることでもない1。誰もが、その日の体調や経験値にかかわらず、一定以上の力を発揮して成長していける「土壌」を作ることこそが、真の人材開発のあるべき姿である1

そのためには、製造業や医療などの安全管理分野で活用される「フェイルセーフ(多重安全策)」や「フールプルーフ(誤操作防止)」の設計思想を、オフィスワークや行政実務のマネジメントに組み込む必要がある1

 

安全思想に基づく組織設計と具体的アプローチ

概念

知識労働・組織マネジメントにおける適用例

期待される組織効果

フェイルセーフ (Fail-safe)

重要な案件や顧客対応において、常に「主・副」の複数担当制(ダブルキャスト)を徹底する1

「万が一、自分が倒れても組織は回る」という心理的安心感をエースに与え、突発的な離脱リスクを最小化する1

フールプルーブ (Foolproof)

複雑な意思決定基準をドキュメント化し、誰もが「この条件を満たせば承認」と判断できるワークフローを作る1

経験の浅い職員でも迷いや判断の負担を大幅に軽減され、ミスを未然に防止する10

冗長化 (Redundancy)

ベテランの持つ「暗黙知」を対話やAIプロンプト等で定期的にアウトプットし、チーム共通の「形式知」として資産化する5

新人・異動者の戦力化スピードが劇的に向上し、誰でも代替可能な柔軟な体制が構築される10

こうした仕組みを整えることは、エース人材を軽視することでは決してない1。むしろ、「誰がやっても80点の成果が出る仕組み」を土台として整備するからこそ、優秀な人材は「誰にでもできる調整業務や定型処理」から解放される1。その結果、彼らは自身のエネルギーを、より創造的で難度の高い業務、あるいは次の世代を育成する仕組みづくりといった「真に付加価値の高い領域」へと集中できるようになる1

私たちは、このアプローチの中に組織開発の極めて重要な真理を見出している。

 
「組織の強さとは、強い人がいることではなく、普通の人が力を発揮できることである。」
どれほど強い人が集まった集団であっても、相互のつながりがなく、個々の能力だけに依存している組織は、変化の激しい現代において極めて脆い3。普通の人が、仕組みに守られながら自然と能力を磨き、主体的に成果を出せる組織こそが、真の意味で「強い組織」と呼ぶにふさわしい1
 
⑤ まとめ:持続可能な組織に向けた「知」の共有と関係性

優秀な人材の存在や、彼らが出す成果、そしてそれを支える努力は尊く、組織にとって不可欠である1。しかし、「優秀な人がいること」と「優秀な人に依存すること」は、本質的に全く異なる事象である1。組織の永続性と強靭さを担保するためには、「個人」の強さに頼るのをやめ、普通の人が活き活きと働き、学習し、力を発揮できる「仕組み」の構築へと舵を切らなければならない1

そのためには、単にツールを導入したりマニュアルを整備したりするだけでなく、メンバー同士が「自分のノウハウや気づきを、他の仲間のために共有したい」と思える信頼関係やカルチャー(知識を出したくなる関係性)を醸成することが極めて重要である13。仕組みが機能するための燃料は、メンバー間の心理的安全性と、共通の目的に向かう対話のカルチャーにほかならない13

株式会社アイル・キャリアは、この「人は強くない。だから仕組みがいる。」という思想を軸に、企業や自治体の皆様とともに、誰もが成長できる組織の土壌づくりを支援していく1

本稿は、私たちが大切にしている思想をお伝えする「設計思想シリーズ」の第1回である1。今後はさらに以下のような問いを掘り下げ、組織開発の本質へと迫る議論を展開していく予定である1

  • 成果と幸福は本当に両立できるのか:高い目標を達成することと、働く一人ひとりの幸福感や心理的健康を犠牲にしない組織設計のあり方とは何か1
  • なぜ「優秀さ」が組織を壊すことがあるのか:個人技があまりにも突出し、エース自身が抱え込むことで、周囲の自律性やチームワークがどのように阻害されてしまうのか3
  • なぜ人は続かないのか:習慣化や行動変容が、個人の「強い意志」だけに頼ると挫折してしまうメカニズムと、それを防ぐ習慣化設計のポイント1
 
これらの問いは、これからの時代における人材開発・組織開発の確かな羅針盤となるはずである。次回以降のコラムでも、具体的な事例や現場感覚を交えながら、持続可能で温かみのある組織のあり方を皆様と共に考えていきたい1

引用文献

  1. なぜ「エース」から壊れるのか? - 株式会社アイル・キャリア, https://www.ill-career.co.jp/organizational_design_error
  2. 人手不足でも回る自治体運営へ。事務局業務の委託で継続性を確保する方法, https://www.atena.co.jp/column/35
  3. なぜ、採用しても会社は苦しくなり続けるのか 人材不足の本当の正体 - Bulldozer, http://bulldozer.co.jp/blog/art-thinking/talent-shortage-structure/
  4. 属人化の原因とは?なぜ業務は特定の人に依存してしまうのかを徹底解説 - 名古屋・東京・福岡のシステム開発会社, https://www.c3index.co.jp/blog/blog_2994/
  5. 属人化を防ぐ「暗黙知の形式知化」とは?企業が知識を資産に変える方法 - BlendVision, https://blendvision.com/ja-jp/blog/tacit-and-explicit-knowledge
  6. 暗黙知を形式知に変えられる組織が強くなる 属人化を解消し、AI活用につなげる上流工程の技術 - note, https://note.com/do_cass/n/n7fabfecadceb
  7. 業務が回らない…そんな自治体職員の悩みを解決する「BPO」という選択肢 | 株式会社アテナ, https://www.atena.co.jp/column/28
  8. 自治体における人事異動はDX推進の妨げになるか - rakumo, https://rakumo.com/hint/industry-dx/municipality_awareness_survey_column/
  9. 自治体の業務効率化は「業務の可視化」から始まる~行政DXに求められる可視化力 - インソース, https://www.insource.co.jp/ihl/251203_gyomu_flow.html
  10. AI時代の開発を加速する組織づくり「迷わず動けるチーム」の秘密 - Zenn, https://zenn.dev/canary_techblog/articles/2358dd21cee434
  11. 生成AI導入でも「属人化」は起きる! 「AI格差」を乗り越え、組織の力に変える方法! - サートプロ, https://www.certpro.jp/blogs/%E7%94%9F%E6%88%90ai%E5%B0%8E%E5%85%A5%E3%81%A7%E3%82%82%E3%80%8C%E5%B1%9E%E4%BA%BA%E5%8C%96%E3%80%8D%E3%81%AF%E8%B5%B7%E3%81%8D%E3%82%8B%EF%BC%81-%E3%80%8Cai%E6%A0%BC%E5%B7%AE%E3%80%8D%E3%82%92/
  12. AIワークフローとはなにか?属人業務から脱却する方法 - メンバーズ, https://www.members.co.jp/column/20250807-ai-workflow
  13. AI時代、組織は「半径5メートル」から進化する――人が動く組織のつくり方 - LY Corporation, https://www.lycorp.co.jp/ja/story/20260414/soshiki.html
  14. 【コラム】暗黙知と形式知がカギ! 製造業の技術伝承・知識共有を加速するSECIモデル実践法, https://www.nisseicom.co.jp/growone-production/column/17.html
  15. 優秀な人材が採れない」を、AIが終わらせる 中小企業の経営者が今、本当に向き合うべき問い《部長/MDコラム - 株式会社船井総研ヒューマンキャピタルコンサルティング, https://www.hc.funaisoken.co.jp/blogs/column/md_column_about_ai_saiyo
 
 

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