キャリア自律とは、自身のキャリア構築と学習に対して主体的に取り組んでいる状態を意味します。働き方が多様化し労働人口が減少する昨今、個人だけではなく組織の成長にもつながる大事な考え方とされています。
しかし、新しい言葉で聞きなれない方もいるでしょう。そこで本記事では、キャリア自律の概要やメリット・デメリットを解説します。
キャリア自律とは、アメリカで提唱された概念です。
アメリカのキャリア・アクション・センターでは「変化する環境において、自らのキャリア構築と学習を主体的かつ継続的に取り組むこと」と定義しています。働き方が多様化し労働人口が減少する日本でも注目され始め、厚生労働省の「令和4年版の労働経済の分析」においても、キャリア自律の促進は課題として取り上げられています。
参考:https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/roudou/21/dl/21-1.pdf
キャリア自律は、これまでの経験をもとに特定の分野でスキルを高める考え方ではありません。環境が変化する中で、自己概念も変化し続けられるという柔軟な思考を持ち、自らキャリアを構築していく姿勢が重要となります。
自律と自立それぞれの意味合いは、以下のとおりです。
上記の意味を個人に当てはめると、自律した人とは、自分の意思を持ちながらも他人のニーズや環境に合わせて、自己実現を図れる人物を指します。
一方、自立した人とは、明確な意見や主張を持ち、周りの環境にかかわらず自ら行動できる人物を指します。
自律と自立は似た意味の言葉ではありますが、周りの人や環境に合わせる視点や視野の広さを持っているかいないかの点で異なります。
キャリア自律が注目されている背景には、労働市場や雇用環境の変化、価値観の多様化などがあります。背景を理解した上で、キャリア自律が自社の課題を解決できるアプローチであるか、考えていきましょう。
キャリア自律が注目されている背景の一つとして、働き方の多様化と個人の価値観を尊重する企業が増えたことが挙げられます。例えば、業務委託や派遣といった契約形態の多様化や、社員の社外副業や兼業などです。
特に社外副業や兼業は、新たなスキルを身につけたり、今あるスキルを向上できることで本業にも活かせる可能性が高まります。そのため、本業に支障が出ないように明確なルールを設定したうえで、推奨することで、企業と社員の双方にとって効果的だと言えます。
また、副業を行うことで、企業に依存するのではなく、自身のキャリアを自己管理する機会が増え、キャリア自律の促進につながるのです。
以前は企業が社員の雇用を守り、社員は企業が提示したキャリアを受け入れることが一般的でした。そのため、企業主体の人員配置や異動に従いながら、年功序列の終身雇用を前提としたキャリアを形成することが当たり前でした。
しかし、終身雇用制度や年功序列の考え方は近年変化し、リストラや成果主義を導入する企業が増えました。その結果、勤続年数に応じて安定した地位を得られる保証がなくなり、自らキャリアを構築する重要性が高まっているのです。
ジョブ型雇用の普及も、キャリア自律が注目され始めた背景の一つです。
1990年代以降、生産年齢人口の減少や経済のグローバル化が加速したことで、生産性を高めるために、専門スキルを持った人材を確保するべくジョブ型雇用が注目され始めました。
※ジョブ型雇用とは、事業における必要な職務を定義し、その職務に適したスキルを持った人材を雇用する制度のことを言います。
特に新型コロナウイルスの影響で在宅勤務やテレワークが増えたことで、仕事の成果がわかりやすいジョブ型雇用を推進する企業が増えました。社員としても、業務スキルや仕事の成果が人事評価に直結するため、より専門的なスキルを身に付けて自主的にキャリアを構築する必要性が出てきたのです。このようにキャリアを会社に委ねないジョブ型雇用の普及は、キャリア自律への注目を高める要因のひとつとなっているのです。
社員のキャリア自律を支援することは、メリットばかりではありません。デメリットも理解したうえで、自社に必要なアプローチになりえるのかを判断していきましょう。
企業がキャリア自律を推進すると、優秀な人材の離職を促すリスクがあります。なぜなら社員が自主的に新たなスキルを身につけるということは、外部の視点を取り入れることや視野を広げることに繋がり、他の会社に目が行きがちになるからです。
自らの意思で自律的にキャリアを考えると、他の会社の方がキャリアプランを実現できると感じる社員も出てくるかもしれません。その際に、社内で身に付けたスキルを活かせる環境を整えられていないと、優秀な人材の転職に繋がるリスクがあるのです。
同じ企業の社員同士であってもキャリア自律に対する意識にはギャップがあり、望まない社員にとっては、キャリア自律を強いられることは大きな負担になってしまう懸念があります。企業がどれだけキャリア自律支援のために投資しても、そういった社員に対してはなかなか効果が出ません。自主的にキャリアを構築することに抵抗がある社員には、まずキャリア自律の必要性を理解してもらうための施策や支援策を実施することが重要です。
キャリア自律の支援は、社員と温度感を合わせ、自社に合った施策を実施すれば、個人・組織双方にとってプラスの効果を生み出します。では、具体的にキャリア自律を支援すると、どのような効果があるのか見ていきましょう。
企業がキャリアの自律を支援すると、社員のスキル・能力が向上するとともに、個々が自らキャリアパスや成長イメージを描けるようになり、社内に優秀な人材が増えやすくなります。
さらに、就職活動中の学生や転職活動中の人材にとっても、社員が主体的にキャリアを形成できる企業は魅力的に感じ、今後のより優秀な人材採用にも繋がります。
社員のキャリア自律は、社員一人ひとりの充実した職業人生とキャリア形成を促進するだけではなく、組織への貢献意欲も高めてくれます。
キャリア自律している社員は、自身のキャリア形成を支援してくれる会社に魅力を感じ、エンゲージメントが向上します。また、企業と社員の間に信頼関係が築かれてエンゲージメントが向上すると、仕事への満足度や企業への定着率向上にもつながります。
企業がキャリアの自律を支援することで、組織全体の生産性が向上します。
自律的な社員は、自身のキャリアを主体的に考えるため、業務に必要なスキルや知識を積極的に学びます。この主体的な姿勢が日々の業務に活かされ、効率化や質の向上につながるでしょう。
また、自律的にキャリア構築できることで、指示を待つだけではなく、自ら新たな課題を見つけたり、新たな分野に挑戦したりする社員が増えます。その結果、組織全体が活性化しやすくなります。
社員が主体的に行動することで、生産性が向上するだけではなく、組織にとって新規事業やビジネスチャンスの拡大にもつながるのです。
ここでは、実際に社員のキャリア自律を促すための取り組み例を紹介します。自社で活用できる施策がないか、考えていきましょう。
キャリアを考え直す研修を実施することで、社員のキャリア自律を促進できます。
一言でキャリアと言っても、年代によって課題は異なります。特にミドル・シニア世代は、普段から自身のキャリアについて考える人は少ない傾向にあります。なぜなら日頃の業務が忙しく、自主的にキャリアを考えたり、自らスキルを身につける時間を作ることができない人が多いからです。他の世代においても、なかなか自主的にキャリアについて考え直す時間を作るのは容易ではありません。
そこで、日々の業務から離れてキャリアを考え直す研修を実施することで、自己理解だけではなく、同世代との対話の中で、新たな気づきを得られる可能性が高まります。また、ミドル・シニア世代においても、同世代の中で競争意識が芽生え、主体的にスキル獲得を行う社員が増えるでしょう。
社員のキャリア自律を促すためには、日常業務へのフィードバックとは別に、キャリアに関する面談も実施すると良いでしょう。キャリア面談を行うことで、社員が今後のキャリアをどのように考えているかだけではなく、企業側が行うべき支援策も見えてきます。
具体的には、キャリアプランシートを作成し、過去・現在・将来と段階別にキャリアを考えながら面談を実施することが効果的です。また、企業側でどのような支援策があればより主体的に行動できるのかも、社員の口から聞けるとなお良いでしょう。
リスキリングの推進も、キャリア自律の支援に効果的です。リスキリングを実施することで、変化の激しい環境に柔軟に対応できる人材を育てることができます。その結果、社員自身がキャリアについて主体的に考えるようになるだけではなく、組織としての生産性向上にもつながります。
ただし、リスキリングによる社員のキャリア自律は、離職のリスクを上げてしまう危険性もあります。そのため、社員の主体性にすべて委ねるのではなく、自社で求められる業務・スキルに関連した学習内容をある程度は指定しなければいけません。
企業が社員のキャリア自律を推進するためには、いくつかの注意点があります。これから紹介する注意点を把握したうえで、効果的なキャリア自律支援を行いましょう。
企業が社員のキャリア自律を促す際は、経営層やマネジメント層がキャリア自律に対して、意欲的かつ賛同していることを示す必要があります。また、キャリア自律を理解して、自らも主体的に行動しなければいけません。マネジメント層のキャリア自律への理解や行動がなければ、キャリア面談の実施時に、社員に対して適切なアドバイスはできません。また、ヒアリング能力やアドバイジング能力も求められるでしょう。
自律的なキャリアを促すことで、社員が転職を考える可能性が出てきます。企業側で社員が新たに身につけたスキルを発揮できる環境を提供できなければ、離職につながる可能性が高まります。そのため、ただキャリア自律を促すのではなく、企業側も優秀な人材がスキルを発揮できる環境を整えていく必要があるのです。
ここでは、実際に社員のキャリア自律を成功させている企業事例を紹介します。効果的なキャリア自律支援を行うためには、押し付けるのではなく、社員の主体的な行動を促さなければいけません。事例を参考にして、自社に合った施策を考えていきましょう。
KDDI株式会社は、ジョブ型にメンバーシップ型の強みを取り入れた「KDDI版ジョブ型人事制度」を実施しました。具体的には、スキルを明確化し、専門性を磨くためのジョブディスクリプションや実力主義のグレード制を取り入れる一方、人間力の高さも評価基準にしています。その結果、社員のスキルが向上するだけではなく、コミュニケーションが活性化し、チームワークを大事にする組織の形成に成功しました。
ライオン株式会社は、人事部門が社員に学びを指示するのではなく、社員自らの学習に対する意欲を支援する「ライオン・キャリアビレッジ」を導入しました。具体的には、これまで階層別・職種別に実施していた研修のすべてをWebコンテンツとして集約し、すべての社員が手軽に視聴できる環境を整えています。
その結果、プログラムへの参加は強制ではないのにもかかわらず、対象者の70%以上が何らかのWebコンテンツを受講しています。また、アンケート調査では、プログラムを評価する回答が多く寄せられました。
社員のキャリア自律は、労働市場や雇用環境の変化、価値観の多様化が進む中で注目されている考え方です。自社に合った施策を行えば、社員だけではなく会社の成長にもつながります。ただし、一方的な押しつけや、会社側の環境が整っていない状態でのキャリア自律支援は、社員の離職率や不満の増加につながりかねません。会社の現状を考慮して、社員と会社の双方にとって効果的なキャリア自律支援を実施していきましょう。
株式会社アイルキャリアは、お客様ごとに抱える課題や目標に合わせたオーダーメイドプログラムで”学び”を提供する研修会社です。官公庁・自治体から上場企業、医療法人や学校法人まで様々なお客様に対して、ご要望と時流をふまえた必要な”学び”を、新人から管理職まで幅広く提供し、組織の人材育成を支援しております。特徴としては、その研修で達成したい目標(行動変容)の先にある成果、パフォーマンス(行動変容の結果得らえるもの)までを意識してプログラムを作成することにあります。